遍在するアイマス

 AKBでもモーニング娘でもいいから、アイマスの楽曲をカバーして歌ってくれないだろうか。世間的に有名なグループならだれでもいい。「これはアイドルマスターっていうアニメの曲で…」なんて説明は一切無用だ。むしろ知られないほうがいい。AKBの新曲として何食わぬ顔で歌ってほしい。

 曲はなんでもいいけど、たとえばM@STERPIECEとか自分Restartなど、アイマス色が強かったり自己言及するようなのはあまりそぐわない。いいのはやっぱり、アイマスそのものへのメッセージ性の少ない、アイマス1からアイマス2へ、2からワンフォーオールへと引き継がれる際に脱落してしまうような、アニメ版でもまともに取り上げられないような、アイマスの中においても影の薄い曲だ。具体的にはILIKEハンバーガーだ。

 本当をいえば、HoneyHeartbeatやキミチャンネル、特にキミチャンネルはとても好きだけど、ハンバーガーが一番くだらない内容で明るい、楽しい歌だし、ふさわしいと思う。これをぜひ歌ってほしい。

 

 Mステに、名前は知ってるけど一人ひとりの顔の区別はつかないアイドルグループがあらわれて、ILIKEハンバーガーを歌い出す。やっぱりlittle match girlでもいいかもしれない。どちらでもいいけど、もちろんMステだから、アイマスのことなど一片も知らず興味もない大勢の人々がそれを聴く。なかなかいい曲だなと、きっと思うだろう。アイマスのことなど一生知られる必要はない。アイマスのことなど誰も知らぬまま、AKBのILIKEハンバーガーは握手券とは関係なくヒットし、その年の流行歌になり、紅白の中盤で歌われて、カラオケの定番曲になるだろう。実際それくらいいい曲だ。不幸にもこれらの曲はアイマスの劇中曲として生まれて、アイマスを知っている人の中のさらに一部の人にしか知られていないというだけのことなのだ。

 

 スーパーの店内BGM、携帯の着信音、テレビ番組のイントロから、気が付くとハンバーガーが流れ聞こえてくる。AKBのハンバーガーはいろんな人にカバーされ、いまや演歌を聴く世代の人でも聴いたことがあると答えられる、時代を代表する国民的ポップソングのひとつだ。そこにアイマスの影はない。かつてのアイマスPですら、ILIKEハンバーガーが元々アイマス曲であったことを忘れてゆく。それほどまでにハンバーガーはアイマスを離れて、世のなかに、世間一般に、広く遠く響きわたった。アイマスはやがて誰からも忘れられたが、ハンバーガーはいつまでも歌い継がれた。

 そしてアイマスは誰にも知られぬまま、人びとのあいだに永遠に遍在するだろう。そういう望みだ。

彼女は狂っていた

 蘭子ちゃんは自分の頭のなかで築いた独自の世界を通してでしかまともに人と話せない狂人で、そういう子の世界を理解しようとして、個性として認めて寄り添ってあげるということをプロデューサーは自然にやっていて大人らしく、印象的だ。

 大人らしくというが、実際には大人の男でもこういうことができる人はどれほどいるだろうか。私には自信がない。「ちょっとここ大事だから普通に話してほしいんだけど」とかなんの悪気もなく言ってしまいそうな自信がある。蘭子ちゃんがその一言でどれほど傷つくかさえ頭がまわらないだろう。自分の理解の及ばないものを、理解できないままに受け入れて尊重するというのは、とても難しく、大事なことだ。蘭子ちゃんのような子には特にそれが必要だろう。

 蘭子ちゃんのような子は確かに芸能界のような、狂人が受け入れられる場所でなけれは生きていけないように思えるし、プロデューサーはさすが芸能プロデューサーだけあってそういうところを分かっているのか、蘭子ちゃんの言動に戸惑うことはあっても、驚いたり困惑したり、否定的な目を持つことは全くなかったのが、ああ、やっぱりここって『普通の女の子が~』とかいってるけど特殊な世界の話なんだなーと思った。

 

 蘭子ちゃんはナチュラルに狂人で、それが個性として活かされて良かったねという話だが、一方で前川みくや安倍菜々みたいに個性がほしくて狂人のふりをしている子もいる。狂人の集いに加わりたくて狂人のふりをしようという時点ですでにその人は狂人だとも言えるけど、たとえば仮に、ネコミミを外しても、本当の年齢を明かしても、ちゃんとアイドルとして自分らしく活躍できると確信できる状況になったりしたら、みくはネコミミを外すだろう。べつに無理してやってるということもないだろうけど、ネコミミは手段だからだ。みくはネコミミのために生きているわけではないはずだ。

 でもたぶん蘭子ちゃんにそれはできない。蘭子ちゃんと彼女自身の世界は、ネコミミのように引き剥がせるものではなく、もし蘭子ちゃんが次の仕事ではゴスロリとへんな言葉遣いをやめろと言われたらなんの未練もなくアイドルを辞めるだろう。蘭子ちゃんにとっては、芸能界は自分が自由でいられる場所だからいるのであり、他に行き場がないからいるのであり、アイドル活動そのものにはあまり関心がないのだろうという気がする。

 他人の感情を推し量るのが下手なバネPやゲームのPでは、蘭子ちゃんは扱いきれなかったに違いない。蘭子ちゃんは幸せものだといえるし、蘭子ちゃんとプロデューサーの優しく解り合ったあたたかな関係の描写は、世の中にきっと多くいるに違いない、自分の世界と世の中とをうまく通じ合わせられないことで生きづらく感じて苦しんでいる人びとにとっては特に夢のように美しい一話だったのではないかと想像した。

 

 しかし蘭子ちゃんみたいな人間が芸能人なんかにならなくても生きていけるのが本当の良い世の中だというようにも思うし、蘭子ちゃんは346のお城の中でしか生きられない(そういえば彼女は346プロの寮で暮らしている)と思うので蘭子ちゃんは本当に幸せものなのかどうか、私にはわからない。それは私が常人だからなのか、あるいは蘭子ちゃんとは別の世界に生きる、別の狂気に駆られた人間だからなのか。 

 そういう意味では、世の中に常人というのは存在しないのかもしれない。

 

 

 

『アキツ丸カズヰスチカ』

  むかし、観に行こうかなと思っていたアニメ映画のサブタイトルが『星を継ぐもの』といって、それがあるSF小説のタイトルだと知ったので、映画を見る前にそれを読んでおこうと思って、文庫を買って、のろのろ読んでいるあいだに映画の公開日は終わってしまった。

 そういうふうにタイトルに使われているからには、なにかの内容、イメージ、ドラマの展開や、作品を通してのテーマなどを、引用している部分がありますということを、当然示しているだろうわけだから、せっかくなら、作品を鑑賞する前にあらかじめその引用元を知っておくほうがより楽しめるだろうし、なるべくそうするのがよいだろうと思うが、実際は面倒くさかったりして、なかなかうまくいかない。

 ただ、そのようなところから、あたらしい作品やなにか、いままで知らなかったし、知る機会もなかったようなことを知れるのはたのしいことと思うし、その作品の底本となったらしきものについて知識を得ると、なんだか一端の物知り文化人であるかのような、気取った意識が芽生えてくるようで、バカみたいだが、本当のところ気分がいい。

 

アキツ丸カズヰスチカ


[R-18]「C86新刊サンプル」/「ヲさかな 3日目東F37b」のイラスト [pixiv]

※成人向け

 カズヰスチカってなんだろうと思って検索してみたら、医学用語で、森鴎外の短編のタイトルで、それも青空文庫で公開されていた。森鴎外のことといえば、舞姫という有名な小説の作者で、軍医だったということを知っているだけで、実際に森鴎外の作品を読むのは初めてだったけれど、余情があり、おもしろかった。とくにやはり前半のところには、思わされることが多くあって、読んでよかった。

 ただ、この短編が本作にどのように影響しているのかは、よくわからない。いや、わかるような気もするけれど、言葉には言い表しづらい。タイトルの意味だけを引用しているといわれればそうかもしれないと思うし、もっと奥深いものが織り込まれているといわれれば、確かにそうだとも思う。

 ただどちらにしても、二次創作の娯楽作品のことだから、そもそもそんなに難しく考えるようなことではないだろう。少し暗いけど、そこが魅力的で、とてもおもしろかった。この作品世界の話をもっと読みたいと思った。

 

 作者のヲさかなさんは宮崎監督の風立ちぬが好きかもしれないと思った。あきつ丸の買いものの場面で、というだけでなくて、提督とあきつ丸の関係などは、そういえば二郎と菜穂子さんを思わせるところがあるとあとから気づいた。勘違いかな。私は風立ちぬがとても好きなので、そうだといいなと思う。

 風立ちぬといえば、避暑地のホテルでカストルプ氏が、ここは魔の山だ、下界のことはみんな忘れる、といったようなことを話す場面が印象に残っていて、映画を観終わったあとにトーマス・マンの『魔の山』の上巻を買ったんだけれど、難しくていまだに読み終えていない。でもいつか読み終えることができたら、風立ちぬについてきっと今より理解を深められるだろうと思っているけれど、それはいったい何年後のことになるだろうか。

 

 特に好きなのは、タバコをやりとりする場面と、りんごを食べるところ、あと「陸では遅れをとりません」のコマがとてもかっこよかった。それから、けっこういいかげんに言わせているように思えるむかしふうの言葉づかいが、かえって味のある、たんに昭和の日本ではない、異世界の雰囲気を出しているように感じられて妙によかった。傘の場面も。全部よかった。あきつ丸がとても好きになりました。

 艦これ再開してあきつ丸建造します。(イベント無視)

 

 

お尻に挿れたモノを舐めさせるところが一番エロかった。

 

山椒大夫・高瀬舟 (新潮文庫)

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