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雪化粧

 テレビのニュースは、東京で雪が降るとあれが危険、これが危険という話ばかりしてて好きじゃない。雪景色というのは桜吹雪と同じくらい美しくて神秘的なものなのに、災害としての面しか取り上げてくれないのはどうしてだろう。由緒あるお寺に積もった雪だけが美しい雪だとでもいうのか。


 今日になってもまだ通りにはかなり雪が残っていて、人も車も自転車もいつもより慎重になってソロソロ動いているのがおかしかった。その様子がなんというか、ほかの歩行者への思いやりをみんな急に思い出したみたいに見えて、この方がかえって重大な交通事故は減るんじゃないのと思った。町なかで、人も車もゆっくり動いている光景というのは実際なかなか見られなくて、サザエさんかなにかのようだった。
 雪を見たことのない沖縄の子どもたちに雪を届ける、みたいなニュースを毎年見るけど、あれで本当に沖縄の子どもたちはうれしいのかなと少し思う。雪って、雪それだけ持ってこられてもしょうがないんじゃないか。ただのかき氷じゃん。かき氷くらい沖縄の子どもだって知ってるって。雪って、街中の家の屋根が全部白くなったり、日が出ると眩しかったり、なんとなく空気がきれいになったような気がしたり、近所がいつもより静かになったような気がしたり、トラックのタイヤからチェーンのジャラジャラした音が聞こえたり、道端のあちこちに雪だるまのできそこないのような小山があったりするのが『雪』というものなんじゃないのかと思う。首都圏基準では。あのかき氷の山では到底、沖縄の子どもたちに雪というものは伝わらないから、かわいそうだなと思う。本土に住まう私が、いわゆる沖縄の基地問題について、沖縄の人たちの苦しみを全然共感できないのと、たぶん似たようなことかもしれない。