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『新徴組』


当然、名前も聞いたことがなかったので、新撰組を元にしたパロディのたぐいか何かかと思ったのですが、れっきとした実在の団体で、新撰組にも負けず劣らずよく働いた幕末の男たちの、史実を元にした物語です。浪士組から別れた近藤勇たちは京都で新撰組を立ち上げますが、一方の浪士組は、江戸に戻ったあといろいろあって山形の庄内藩のお預かりとなり、「新徴組」として江戸の治安を守る役目につくことになる……という筋です。とてもおもしろかった。時代ものの小説って初めてまともに読みましたけれども、やっぱりなんというか、むかし言葉はいいですね。読んでいてリズムがいいというか、気持ちのよい感じがあってとても好きです。つい真似したくなる魅力があります。
主人公の沖田林太郎というのが、近藤たちと同じ試衛館道場の門下生で、あの沖田総司の義理の兄なんですが、じつにいい男なんですね。家を守り、家族を守り、義弟の総司をいつも心配し、誰に対しても面倒見がよくて、剣術もすごい。誰が見たって好きになる男だと思います。
なのに、話の折々で、林太郎をあまりよく言わない人物が出てきて「おや?」と思わせます。それは可愛がっていたはずの総司であり、同じ試衛館道場の弟弟子だった近藤勇土方歳三などです。いわく「林太郎さんは剣も、生き方も、守りに入っている。人物としてはそれもいいが、男としては、どうかな……」というようなことをチクチク指摘されるのです。実際のところ、この林太郎はもう40前のアラフォー親父なので懐深く「若造が何言ってやがる」という調子で収めるのですが、そうは言いつつも、物語の全編を通じて、幕末の、日本全体が大変革の熱気をおびた流れの中にいながらにして、日本のためと命を燃やす連中を横目に見て、おれの生き方はどうなんだろうと自問し続けるのです。物語の舞台が、幕末の檜舞台であるところの京都ではなく、それほど大きな事件のない江戸であり、後半は庄内地方へと移りますが、この、歴史の中心からは少し外れた地域における幕末の空気というのが、主人公林太郎の、これも少し、時代の熱気をその外側から冷静に、あるいは冷ややかに見つめる感じと重なっているかのようです。幕末史のことは通り一遍でしか知らない私にとっては、歴史ものとしてもたいへん新鮮でした。
思うにこの林太郎というのは、野原ひろしに少し似てるんだよね。野原ひろしといえば、知らぬ人のいないサラリーマンの星であり、父親の鑑であり、ある種の「男の理想の姿」を体現している、とされているキャラクタで、もちろん私も好きですし、ああいうオヤジになりたいねなんて夢も見ます。でも、どうもこの物語の中では、ああいう、家門を守り、家族を守り、それでいて時には弱く情けない姿も見せる「ひろしスタイル」のオヤジの姿というのがしばしば若い奴らから批判されるのです。そんなんじゃ男らしくないよ、林太郎さん、昔はもっとかっこよかったのに……
私はここのところに妙に感心したというか、思いもよらぬところの共感を覚えて、とても印象的でした。そう、そうだよ、林太郎はいい男だけど、守るばかりが男のかっこ良さじゃないよね、他のものは何も構わず、顧みもせず、ただ自分の信念と情熱に従って前のめりに突き進んでゆくのもまた……あるいはそれこそが、男の真のかっこよさというものだよね、そうそう、そうだとも、よくぞ言ってくれた……
実際、終盤のここぞというところでは読んでいる方が「待ってました!」というばかりの活躍の場面もありで、娯楽作品としてもとても良くて、本当にたまたま本屋で目に止まって買った本でしたが、たいへんいい作品を引き当てたと思っています。おすすめです。


そうそう、あと何よりいいのは、新徴組を預かった庄内藩のかっこよさです。薩長を迎え撃って一歩も引かず、とうとう大勢決して降伏するまで自領を守りぬいたという強さばかりでなく、庄内藩士の気骨と決断力、それと同居する素朴で優しい人柄には、惹かれずにおれません。なにしろ作者の地元だそうなので、ちょっと良く描き過ぎじゃないのと思わなくもないですが、実際強かったのは史実ですからね。いいんじゃないでしょうか。
いずれ山形に行ってみたいです。思えば、時代ものというのは、物語の舞台に行こうと思えばいけるのがいいですね。あ、聖地巡礼ってこういうことなのか。うーん、いいんじゃないでしょうか。
ハイペリオン』を読んで「ジャックタウンに行ってみてえな」なんて思ったところで行けるものでもないですからね……




新徴組 (新潮文庫)

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