正しい参拝


 これといって、神頼みしたいほどの強い願いごとがあるわけではなかったけれど、新年の挨拶だからと思って初詣に今年も行ったけれど、私はこのごろあまり神社のお参りが好きじゃない。
『二礼二拍手一礼』が正しいのだという。思えばいつのころからか、どこの神社へ行っても、賽銭箱の前に「正しい参拝のマナー」を案内する立て板があるような気がする。


 心からのお願いごとがあったり、そこで祀られている神さまを敬っているというのなら自然と頭を下げるだろうし手も合わせるだろう。この、自然と、自分の気持ちにしたがって、というのがとても大事なところだと思うんだけど、その点この立て札は非常に押し付けがましく、余計なお世話だ。なんでおじぎの回数なんかそっちで指定されなくちゃいけないんだ。
お気持ちであるはずのご祝儀や戒名料が、実際には細かな相場があって、それらがわざわざ一覧になったウェブサイトなんかを見るのと同じたぐいのいやな感じを受ける。神社は、街のなかで静かにたたずんで参拝者を迎えてくれる場所であってほしいのであって、作法がどうのなどと器の小さいことを、聞いてもないのに向こうから言われては、なんだか神社という場所そのものが俗っぽい施設のように思えて真剣に拝む気がなくなってくる。


 そういうわけで私はやる気がなくなり、10円をほうって二拍手だけしてお参りを済ませた。おじぎと違って、拍手は決まっておめでたいときにやるものなので好きだ。今年もよろしくどうぞ、神さま。おたくがなんの神さまなのか、わたくし実のところよく存じ上げないのですが、ひとつご機嫌よく……
列をはなれて振り返れば、だいたいみんな立て札のとおり、行儀よくやっている。みんな偉いと思う。私にはいずれ神罰がくだるだろうか。