言の葉の庭ごっこ


 新海誠監督のアニメ映画『言の葉の庭』を観たのは6月ごろで、その日はちょうど雨が降っていて、こりゃあ観に行くのにいい日和だななんて思いながら出かけたのを覚えています。映画の内容は、じつをいえばそんなに好きではなかったのですが、とても印象深い作品でした。遠目にはもう実写とほとんど見分けがつかないくらい精微に描き込まれた背景に、雨や光の表現が組み合わさって、その場の空気の匂いまで感じられそうなほどの映像はすごかったです。なので、それだけに、登場人物が思っていることを全部モノローグなんかでぺらぺらと喋ってしまうのがどうにもダサくて、もったいないなあと思いました。
 あと、主人公がどうにもいけすかない。彼は高校生で、靴職人になる夢を持っていて、専門学校に通うためにアルバイトで学費を貯めつつ独学で毎夜靴作りに励んでいるという人物です。これがもう、完璧なんですね。つまり、10代の男子として完璧。高校生の憧れる、かっこいいと感じる生きかたをすべて体現したようなキャラクターなのです。
 これというのは、出木杉くんのような品行方正なだけの人物とも違う。将来の夢があり、自分の信ずる価値観があり、まわりに流されない意思を持っている。だれが見たって憧れずにはおれません。
 ちぇっ、こんな野郎に感情移入できるやつなんているのかよ。なまじ描写にリアリティがあるぶん、「こんなの実際にいるわけないよ」と『耳をすませば』の天沢聖司くんより数段強く感じてしまいます。夢があって、それに向かって努力をしていて、バイトもしてて、授業を平気でサボって、美人と知り合って、屋上で友達と語って、他人の名誉のためにケンカとかして、おまけに料理もできる学生だなんてそんな、そんな、うらやままぶしすぎる……
 そういうわけで私などは途中から、もう美男美女どうし好きにしてくれよという気分で、あまり内容には乗っていけませんでした。
高校生のときに観ていれば、また違った印象があったかもしれません。


 それはそれとして、この作品の舞台になってるのが新宿御苑とその周辺だっていうことは知っていたのですが、一度も行ったことがなくて、ベンチで呑んだくれてる美人と知り合えるかも……と思ったわけでもありませんが、この前初めて行きました。きれいでいいところですね。映画でふたりが座っていたらしき東屋もありました。まあ真冬ですからして、池は凍ってるし、寒いし、枯れ木枯れ草でしたが、おかげで人も少なくて、日向で寝転ぶのにはいい陽気で、気分のよいものでした。ビールとチョコレートでも持ってくればよかった。
ただ、犬はたぶん入れないし、子供のボール遊びとかもたぶんできないと思うので、デートか、年寄りの散歩向けの場所だなとも思いました。
 それで、どこかに座って、気取って難しい本でも読むつもりだったのですが、実際どうもだめですね。日差しがあって、静かで、頭の上には東京らしからぬ広い青空があって、高いところを鳥や飛行機が飛んでいるわけです。ああいうところで、小さい紙束の小さい字を追おうと思っても、どうにもばからしくなってしまって、かえって集中できないものです。


 そう思うと、彼が雨の日を選んでここへ来て靴の勉強をするというのは、意外と理に適っている気がします。雨とか、電車の中とか、まわりが音でかこまれている場所のほうが集中できる場合というのは、確かにある気がする。なるほどそういうことか。野郎、いちいちやることにソツのない男だな、ますますいけすかないやつだ……