色褪せる思い出

 シンデレラガールズのアニメを毎話観るにつれ、2011年の『アイドルマスター』のアニメはキャラクタが雑だし、話も雑だし、皆が言うほど、そして自分自身が当時感じたほど面白い作品じゃなかったなというような感想ばかり頭に浮かんでくる。

 本当をいえばテレビシリーズが終わったころからなんとなくそう思っていたし、2014年に劇場版を観たときも、アイマスを映画館で観られてウレシーと思いながらも、なんとなくテレビシリーズで感じていた面白くなさが引き続き画面に表れているような感じもあって、毎週の特典のために10回も観ようとまでは思わなかったんだけど、アニメ作品としてほかに比べるものがないので(ゼノグラシアL4Uアニメじゃ比較にならない)、まあアイマスのアニメとはこういうものなんだろうと特に考えもなく収まっていた。

 それがシンデレラガールズのアニメという、これ以上ないほどの比較対象が出てきてしまったので、比べてどっちがどうだとか言うのってあんまり品がないし良くないのでアニマスのことは考えないようにしようという理性が働きだすよりも先に、テレビを見ながら頭のなかのアイマス脳がリアルタイム処理でアニマスと比べてどちらが良いかを判定しはじめる。良さなどというのは観念的なもので、いい加減なものかもしれないが、私自身にとっては他の誰が書いた論評よりも一番信用できるものだ。個人の好みとはそういうものだろう。

 まだ始まったばかりでわからないけれど、うーんシンデレラガールズすごくおもしろいね。アニマスの10倍はおもしろいよいまのところ。

 

 正月にやってた『コンタクト』というSF映画を観たとき、むかしテレビで観たときは宇宙からのメッセージの受信というテーマにすごく興奮しておもしろい映画だなー!と思ったと思ったんだけど、今観るとそうでもなくて、ワープ装置のデザインのダサさとか、ワームホールといういまや使い古された映像表現の陳腐さとか、終盤の話の盛り上がらなさとかのほうが気になってあんまりおもしろく思わなくなっていた。まあなんつっても『インターステラー』を観てしまった2015年の今ではな~というのはあるとはいえ、やはりその時々の感想なんていい加減で持続性のないものだ。インターステラーだって20年もたてば古臭いダサ映画だと思うようになっているかもしれない。新しいものを気に入ると、昔のものを昔ほど良いと思わななくなってしまうのは私の悪い性格なんだろう。

 

 だからすでに放送から何年も経っているアニマスへのダサ感が増してくるのは当然のことともいえるし、シンデレラガールズを良いと思うのもまた今一時だけのことなのかもしれない。昔のアイマスMAD動画だって今見返すとやっぱりダサいものな。

 とはいえ時間に逆らうことはできないので、アニメにしろなんにしろ、せめて今だけでもイケてると思わせる作品であってほしいと願っている。そういう「今だけ」ばかりをいつまで追い続ければいいのかと、ときどき恐ろしく思うこともあるけれど。

 

 ひとつの、それも虚構のものにあまり長いあいだ触れていると、こういうつまらないことばかりが頭に浮かんでくるようになって良くないことだ。アニメなんか無心で観て、テレビを消したら全部忘れるくらいでいいのだ。