彗星を見ようと思って川辺に行き、長い梅雨空の隙間の色が水色から黄色、黒い紺色に変わるまで眺めていた。地上の光があまりにも眩しい。グラウンド、モール、ごみ処理場、橋、国道、ヘッドライト。数キロも先にいるはずの自動車のヘッドライトの光がまるで射抜くように目に直接飛び込んできて、私は思わず顔を覆う。夜目に慣れてきた瞳がふたたび瞳孔を閉じたので、空の星はひとつも見えなくなった。低い雲が街明かりを受けてグレーにぼやけている。グレーは空全体を覆いつつある。
天気予報を信じるかぎり雲がわずかでも切れる日は今日しかなかった。あの星を見るにはもう6000年生きるしかないらしい。
星を見ることは科学というより瞑想に近い行いのように感じられる。
2061年にハレー彗星が来る。私がそのころまで生きていて、十分な視力があり、星を眺めるような余裕の心を持てる生活を維持できているかどうかといえば、かなり怪しい。近ごろでは自身の明るい未来を想像することはどんどん難しくなっている。41年後の美しい夜、性能のいい天体望遠鏡を持ってひとり、明かりの少ないどこかでそれを覗き込んで彗星を見るのが今の私の夢だ。そのためには今から備えるしかない。
星は去り、私は川辺に取り残される。意識をかすかにほうきで梳かれて。