カフェでバイトするアンチョビ

 私に敵がいるとすれば(いない)、私を、他者を支配し、コントロールし、自分の利益のために動かそうとする人で、そういう人の存在に触れると「何だこの野郎…」という気持ちがとめどなく湧いてくる。

 

  

 このアンチョビには、もちろんそういうものは感じない。独善的で、ちょっと人を小馬鹿にしてさえいるのに、むしろとても好印象を受ける。美少女だから?こういう人物はどんなコミュニティにおいても貴重で、いてくれるだけでみんなが安心して嬉しい気持ちになる。こういうのをカリスマ性というのだろうか。

 このかたはキャラクタ描写が本当にうまくて、チョビにからかわれてそれっぽい注文に変えるまほが素直でかわいいし、またそれを今度はさらりと流すチョビのからかいのさじ加減のうまさの描写が心地よい。そしてさらにいいのがそのあと、みほはオレンジパフェだと言っているのに勝手に注文を変えようとするチョビ。おすすめメニューというのでもなく単にお店の都合でそう言っているだけであるにもかかわらず、どうしてむしろ楽しいような、弾んだ気持ちにさせられるのだろう。アンチョビさんがそう言うならショートケーキでもいいかなとみほも思っているのかもしれない。

 これはコミュニケーションなのだとわかる。注文を聞くという作業、業務、定められたシステムではなく、楽しみのための言葉のやりとり。アンチョビはきっといつもそういう話しかたをするのだろう。1を入力すれば1とだけ表示される電卓のような会話を、彼女は会話とは呼ばないだろう。スキップして、ジャンプして、リズムをつけて、思いがけない横道を指さして、手を引いて、膝をカクンとやるような、そういうのが会話であり、コミュニケーションであることを彼女は心得ているし、身につけている。私はアンチョビのそういうところに(それが公式のものか二次創作によるものかは忘れた)惹かれ、穴山さんはこのイラストを気軽なふうにさっと描いたのかもしれないが、アンチョビのキャラクタがとてもよく描き表されていると感じて、ガルパンファンアートのなかでもずっと私のお気に入りだ。

 

 こういう人物になりたいといつも憧れている。ようは他者への思いやりのある人物ということなんだろうか。ドゥーチェ・アンチョビに、トニー・リップに、ポルコ・ロッソに、あるいは月並半兵衛のように。今気づいたけど3人イタリア系じゃん。イタリア人になりたいのかな私は。『小さな村の物語』とか好きだしな。