control

眠ることと夢を見ることは今もなお、白い靄のかかった神秘や魔術の側の世界に属している。

『いま』がずっと続くことも、不可逆で劇的な変化が訪れることも、どちらをも恐れている。変化を恐れるのは、その変化はおおむね良いものではないと想像されるからだろう。病気か、災害か、あるいは勤務先の倒産による収入の途絶かも。いずれにしてもその変化は、自分が望まず、かつコントロールできないものだ。自身の状況をコントロールできないことはとても恐ろしい。戦争に巻き込まれることの恐ろしさも本当はそこにある。自身の人生を誰かに明け渡し、支配されることを受け入れなければならないことは、生きる上で最も恐ろしいことだ。誰もがそれを避けるために日々あくせく動き回ったり何かを言い立てたりして、この世のうちの自身のテリトリーを、つまり自分が支配者でいられる領域を広げようと躍起になっている。

 

これから自分はどうなりたいのか。社会と、つまり他者と、より関わりたいのか、もっと距離を置きたいのか、自分にもわからない。なるようにはなるだろうけれど、自分が意志の力を発揮すれば、よりどちらかに近づいていくこともできるだろう。意志の力。これまでにその力を行使したことが、いったい人生でどれだけわずかであったことか。雑草の生い茂る庭を見て、自然な状態で完成していると感じていかなる手入れも野暮であるように思う種類の人間にとっては、自分の人生をデザインするという考え方自体、神への不遜な挑戦のように思えた。

 

それでも、暖かくなれば部屋のストーブを片付けている。次の冬まで部屋の片隅に置いたままでも何も不都合はないのに、どうしてそうするのかと思う。いまを維持するための、あるいは同時に変化を呼び込もうとする儀式のつもりなのかもしれない。自分の暮らしを守り、支配するための。