ジョージ

 

 エリン・ブロコビッチ - エリン・ブロコビッチ : 作品情報 - 映画.com

 

 ラストは和解した雰囲気ではあったけれど、映画のあと結局はあまりうまくいかないのではないかと予感させるし、現実のエリンはやはりジョージとの間で金銭トラブルが起こって破局したとどこかで読んだのも覚えている。

 でもやはり、自分はジョージというキャラクタが好きだ。気さくで、優しくて、金に無頓着で、子供と遊ぶのが上手で、バイクを持っている。なれるものならああいう人物になりたいと、映画を最初に観たのはもう20年も前だけれど、今も思う。似たのはカネを持っていないというところだけだ。

 

 作中で、ジョージはエリンに実質的に捨てられ、かと思えばベビーシッターとして都合よく呼び戻される。エリンはひどい女だと思うけれど、ジョージはなにも言わない。エリンを、彼女が仕事に情熱を注ぐすがたも含めて愛しているからなのか。ジョージはただ疲れているエリンを寝かせ、子どもを抱き上げて朝食へ連れて行く。女の子の頭に触れる優しい手つき。親子のようにしか見えないその姿を、エリンはソファから見ていただろうか。

 ジョージはやはり最後にはエリンの元を去るだろうと思う。あまりに生きる世界も社会との関わりかたも違っていて、きっと同じには暮らせない。バイクに乗り、子どもたちのことを想いながら乾いた街の向こうへ消えていく後ろ姿が想像できる。そのときも、きっとなにも言わないのだろう。そんなふうに生きられたらと思う。

とりとめなくMLE441

 

MADLIVE EXP!!!!! vol.441

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 イノタクが出ているアイマス系の配信ライブかなにかを見ていて、そのときにミラーボール・ラブが流れてかなりいい曲だなと初めて気がついたのがきっかけだったような気がする。はじめはLIPPSの曲だと思っていた。

 

 いや、順番からいうとまずたしか8月か9月に、MLEに出させてやるから候補を3曲出せという誘いをTwitterでもらったので二つ返事で出して、それの審査中にミラボがいい曲だなって気づいて追加候補として出したのだった。そのとき出した候補はJamiroquai、スペースダンディ、そして恋。

 しばらくして、一番キャッチーだった恋が選ばれてやっぱりなと思っていたところへ、余裕があったらミラボもたのむといわれたので期待されているのかなと感じてやる気は十分だったが、期限どおりに2本もやれる自信はそのときにはなかったのですぐには返事ができないと伝えた。むすひらPはそこのところをよく汲んでくれて、こちらにプレッシャのないようとりあえず気にせず一本目に集中してくれと言ってくれた。

 

 タイムスケジュールというか、ひとつの計画、ひとつの集団を組織して運営するさまというのを、ほとんど外野からではあったけれど垣間見させてもらってとても興味深かった。飲み会の幹事すらやったことがない人間なのでみんなスゲーなあとひとり感心していた。

 

 動画はどちらも大変ではあったけれどそれほど苦労はしなかった。そうだろうか?忘れてしまっただけかも。構成に悩むということはそんなになかったような気がする。

 恋はドームEDコミュとシャイニースマイルを軸にするということは初めから決めていた。あとはいいところでHMDとか出して「あいつまだGAME擦ってるよ……」って思われるだろうなとわかってはいたけれど、春香にHMDかぶせたがる奇病がまた再発して結果としてけっこう白けたと思う。とはいえ春香とHMDは私にとってはどうしても切り離せないものであった。

 全体に、恋は生放送イベント向きの動画ではなかったと反省している。リアルタイムにコメントするには内容が複雑過ぎる上に、テーマも春香の想いについてなのか現実と虚構についてなのかどっちつかずの印象を与えて視聴者の感情のグルーヴを気持ちよくドライブさせられなかったという悔いが残る。1日目ラストという配置のおかげでなんとか救ってもらった。

 

 恋は1日目のラスト、ミラボにいたっては3日目アンコールの(実質)トップという、どう転んでも最高に盛り上がってくれる配置をいただいて、どうしてここまで優遇してもらえたのか未だにわからない。それをいうならなぜ新作勢で私だけ2本提出だったのかも結局わからない。

 

 オールドコミュニティの象徴である無印の春香と、現在とこれからの春香、そしてそのものFutureであるところの未来ちゃんをそれぞれヒロインにして、アイマスの過去と現在、そしてほかの世界とつながっていく未来というテーマを2作を通じて表すという意図が一応あった。投稿した単品はミラボのほうが再生されていて、過去よりも未来がより支持されていると感じて嬉しかった。

 

 ミラーボール・ラブ・インフィニットはとても気に入っている。インフィニット・スカイをこれよりうまく使った動画はないだろうという自負がある。私が知らないだけでたぶんあるよ。曲と映像のマリアージュの面白み、そして765プロシンデレラガールズのユニティを未来に夢見て、というテーマは恋と比べて断然分かりやすかったはずだし伝わっていると思う。大好きな連続カットシンクロ(これしか持ち技がない)をこれでもかとやれたことにも満足している。

 ただ、直前の如月千早ライブが見ていたひとの気分にどのように影響したかはよくわからない。

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 言ってしまえばライブ終わりの感慨に水を差すような入りかたでかなりチャレンジな構成だったように思えた。単体の動画そのものには自信があったけれど、あの急激な換気とでもいうのか、「ふつうの」MADLIVEに戻っていく空気の変化を支えられていたのかどうかについてはあまり自信がない。もし私が構成ならあのままハニハニPのセラヴィにつなげたのではないかと想像するけれど、そうなるとそのままエンディングに向かってチルアウトしていってしまうので、その前に最後のもうひとアゲがほしかったのだろうという意図がわかる。応えられていたのだろうか。つくづく名誉な配置だったと思う。

 

 主催の街道Pは(いろいろな事情で)多分もうやれんと言っていたし、もしかしたら今回が最後なのかもしれない。私自身にとっても大きな記念、そしてひとつの区切りになり、出してもらえて良かったと思う。とても楽しかった。お疲れさまでした。本当にありがとうございました。

 

 

ギラ・ドーガのパイロット

 

 逆襲のシャアhttp://www.gundam-cca.net/


 小惑星アクシズの地球落下が決定的になったとき、アムロガンダムでその大隕石を押し返そうとする。その無謀な姿に心を打たれたのか、一緒に戦っていた地球連邦軍モビルスーツ部隊も、敵との戦闘を放り出して次々にそれに加わっていく。そこで不思議なことが起こる。その様子を見ていた敵軍であるネオ・ジオンモビルスーツまでもが、どういうわけか一緒になって隕石を押し始めるのだ。私はいまだにこのシーンの意味をちゃんと理解できていない。

 そのモビルスーツギラ・ドーガパイロットのひとりがアムロに通信する。「地球がだめになるかならないか、やってみる価値はありますぜ」そういうけれどあんた、今のいままでその隕石をまさに地球に落とすためにがんばってたんじゃないのか。急に、ほんとうに急にどういうわけなんだろう。作中ではサイコミュという、人の意識をテレパシー的に通い合わせる現象が描写されており、アムロと地球の人々の強い想いが敵であるジオンのパイロットにまで影響したというふうにも解釈できるけれど、作中ではあまりはっきりしたことは描かれない。説明はなく、ただ行動だけが描かれる。それはたぶん富野監督作品の特徴であり、キャラクタに人間らしさを与えている。人は必ずしも自身の行動について理由や動機を説明しない、あるいはできないものだからだ。うまく言えないけれど、あのパイロットの行動はあの瞬間においてとても人間的で、理屈ではなく感覚的に自然な成り行きだと思わされた。

 

 サイコ的な理由は置いといて、彼らが土壇場で立場を翻したのはなぜだろう。想像するに、彼らネオ・ジオン軍の、少なくとも末端の兵士は地球寒冷化の作戦にそもそもそれほど賛成ではなかったのではないかと思う。

 スペースコロニー生まれの生粋のスペースノイドであっても地球はなお魂の故郷であり、一年戦争でも地球は破壊ではなく占領目標だった。そんな地球の環境を完全に破壊し死の星にすることで地球人類を抹殺するとシャアが言い出したとき、ジオンの、スペースノイドの人びとはそれをどのような心境で受け止めたんだろうか。かなり複雑な気持ちだったのではないか。

 シャアはいわばスペースコロニー世界におけるサラディンに成り得た人だった。地球連邦を宇宙から追い払い、コロニー社会を独立へ導いてくれる英雄であることを期待されていたはずだ。しかし彼は、彼の心の深いところには、すでにずっと前からジオンもコロニーも人類もなかったのだろうと思う。ダイクンの息子でも、赤い彗星でも、ネオ・ジオンの総帥でもなく、彼というひとりの人間を認めて、その魂を現世に留め置いてくれる存在、彼が母と呼んだ存在を過去に二度失い、あとに残ったあらゆる情念を彼は連邦への憎しみへと象り、その象徴がアムロであり、彼を殺す夢だけを糧にして生きる憎悪の機械であった。人間としてはすでに抜け殻のような人間。それがシャアであった。彼は気がつけばウサマ・ビン・ラディンに成り果てていた。

 彼の拠点であった貧民コロニー、スウィートウォーターは別としても、大半のスペースノイドにしてみれば、連邦は憎いし奴が暴れて一泡吹かせればいい気味だが、かといって自分とは関係無いしスペースコロニー世界全体があのような急進的な狂人と一心だと思われるのはごめんだ、勝手にやってくれというくらいのものではなかっただろうか。

 

 かのギラ・ドーガパイロットもまた、ジオン人として、スペースノイドとしての魂の根を張らせた普通の人間であったに違いない。ジオンを、スペースノイドの誇りを、家族を守るために兵士になったはずであったものが、気がつけばシャアという狂人による狂気の無差別殺戮計画のために働かされていることに気付いた彼の心情はどのようなものであったろう。赤く燃えて地球へ落ちていく巨大な隕石。物心ついたときからずっと憎し愛しの相混じる心で見上げ続けた青い星が、自らの行いの結果によってこのあとものの数分で永遠の地獄に変わる。その瞬間、その境界線にいま立ち会っているという、現実離れした状況。おれは何をしているのか。残弾は。仲間の生き残りは何機だ。艦隊は無事なのか。帰るところはあるのか。ラー・カイラムは、ガンダムはどこへ消えた。総帥のサザビーは。あの光は。

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あの光はなんだ

 

 そうして彼は自らの属するネオ・ジオンを裏切り、シャアを裏切り、ひとりの人間としての決断を下し、それにより最期を迎えた。私は短くも印象的なあのシーンが好きだ。