右に向かって、つまり南から雲が流れ降りてくる。

 あれはおそらく雨雲で、午後遅くから雨という予報は当たるだろう。それでも今はまだ陽の光が残り、対岸側の湖面を白く照らしている。

 水の匂いをかすかに感じる。木と草、空気の匂いがもっと濃厚にただよっているはずだが、私の嗅覚はこの10年来というもの何らかのアレルギー症状によりほとんど機能しないままだ。道端の花の匂い、工房の木の匂い、露店から流れてくる食べものの匂いをふたたび感じられるようになったらどれほど楽しいことだろうか。

 

 岸辺で男の子が石を拾いあげて投げようとする。すると母親がすぐさま叱る。石が人にぶつかると危ない、わかっているのか?石に触ってはダメ。男の子は石の誘惑に逆らえず別の石をまた拾う。母親は強い言葉を投げつける。どうしてなんだろう。男の子はもう石への興味をなくしたふうを装って駆けていった。そばにいる父親は薄く笑ってなにも言わない。俺が父親ならその石を拾って、湖に向かって30メートルも投げて見せてやるのに。

 

 遊覧船のアナウンスがここまで聞こえてくる。風がすこしづつ冷たくなってくる。二葉の松葉が枯れ落ちて上着に当たる音がする。

 秋を見に来るには少し遅すぎたかもしれない。

 

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