シモン

 『イエスの幼子時代』

 

 愛なく理性と規範のみによって営まれる街にただひとり心の通った人間として、つまりそこでは異端的な変人として右往左往するシモン。という体であるものの、読み進めるうちに自分もまたかなりノビージャのがわに近い人間ではないかと思うようになる。

 ダビードを特別学校へ連れ戻させまいと役人に抵抗するイネス。彼女の言いぶんは破綻していて、はたから見て、つまり理性的に見て、ダビードを学校へやるのが正しいように感じさせる。シモンも、理性の部分ではそう感じている。しかしシモンは役人の理屈ではなく、イネスのダビードに対する強い愛情に味方することを選ぶ。ダビードを守るために取り乱すイネスのすがたを見ても特に感じるところなく中立的立場を守るエウへニオに対して、シモンは彼を好人物であるはずなのに好きになれないと評する意味が、人の愛という観点で見るとだんだんわかってくる気がする。

 ただひとり愛を持つシモン。そしてダビードを通じて初めて愛というものに目覚めるイネス。ノビージャの多くの人々は空恐ろしいほど親切で、親身で、理性的。しかしそれは愛とは違うものだし、愛が示されるべき場面における理性的ふるまいの冷たさというものを意識させられる。言うまでもなく現代社会への風刺であり、人の愛を非合理的なものと軽んじる人々へのメッセージであると受け取れる。愛を貫くことはこれほど大変で、英雄的で、孤独なものなのかということも。